スペシャル対談@河口湖 第2回 竹内洋岳 プロ登山家 × 並木敏成 プロフェッショナルアングラー

のんびりしてちゃ、
釣りも登山もしない

日本人初の8000m峰14座完登の竹内洋岳と、
プロアングラーとして世界で活躍する並木敏成が
顔を合わせるのは、意外にも今回が初めて。
二人の希望で実現したバス釣り対談は、
釣りをこよなく愛するもの同士、笑みのたえない楽しい時間となった。

(やおら竹内が食堂の飾り棚の凹凸部分に手を伸ばし、並木にこう問いかける)

竹内 私を含めたクライマーは、こういうの(食堂の壁のでっぱり)を見るとつい指がかりが良いかどうか確かめたくなるんです。釣りでもありますか。そういう特徴的なクセって。

並木 まず水を見たら、必ず車を止めて覗き込みますね。たとえドブ川でも、あそこに魚がいるかなって。それと、駐車場に車があって植え込みがあるような風景を見たら、そこが水浸し(湖底)になった感覚でバスの動きを想像します。あそこの木の根っこにバスがいるかなとか、車が止まっていないオープンスペースはむしろ回遊している魚が多いだろうとか。

竹内 ははははっ、完全に病気ですね。

並木 オレだったらあのブロック塀沿いにまずスピナーベイト(水中で水平方向にルアーを引いてバスを狙うスタイル)するなとかさ。

竹内 面白い。まさしく今日、私が釣ったのがスピナーベイトでした。今の当たりは草かな、それともルアーの先にバスがくっついてきているのかなって。釣りはあれこれ想像するのが楽しいです。

並木 私が今日、竹内さんは釣る人だって言ったのは、まさにそこなんですよ。見えない世界をいかに感じ取って釣りをしているか。水中にルアーを泳がせて、水草を感じたり乗り越えたりしながら、できるだけ多くの信号を感じ取ろうとしている。ただ投げて巻いてという人も多いんです。

竹内 なるべく一つひとつの動作を丁寧にとは心がけましたけど。

並木 釣りも山もフィールドありきのスポーツだからね。テニスのようにどこの国へ行こうがコートの規定が決まっているのとは違って、自然は地形もバラバラ。まずそこをリサーチしないと始まらない。山もどのルートを歩くかかなり考えるでしょ。そこが、釣りと山はよく似ている。

竹内 しかしですね、山は人間と自然なんですけど、釣りは人間と自然と生きものなのでさらに難しい。読むのは大変です。

並木 そういわれるとそうだけど(笑)。

竹内 不安定要素がさらに多いから、それが魅力でもあるんでしょうね。

並木 少しでもいい確率を求めて、試行錯誤の繰り返し。魚相手なので、そこが魅力なのかなと思うところもあるし、プロとしてやるのに辛い部分でもありますね。

竹内 よく釣りをしない人から言われるんです。「のんびりした趣味ですね」って。これだけ釣りをする人がいて、山登りをする人も増えているのに、釣りも山もイメージが昔からほとんど変わっていない。これはなぜだろうって考えませんか。

並木 実際は忙しいよね。筋肉も使うし、頭も使うし。

竹内 おそらく釣りはヘラブナ釣りで、山は富士山のイメージが強いのかなと。ヘラブナはほとんど釣り場所を変えないですし、富士山は大勢で行って疲れて帰ってくる。本当はもっと創造性が豊かで、楽しいスポーツなんですけどね……。

並木 うん、うん。

竹内 並木さんの釣りを見て思ったのは、その所作が丁寧で無駄がないこと。洗練されているというか、アスリートの動きなんです。キャスティングの精度はもちろんですけど、投げる行為自体に機能美のような美しさがある。一般的には、釣りはスポーツと見られていないですよね。

並木 確かにそうだね。

竹内 私は準備しているときから釣りって楽しんですよ。いざ行くとなると朝が早いし、ちょっと尻込みもするんですけど、行ってしまえばもちろん楽しくて。ボート釣りなら、水面に出たときにふっと摩擦が消える瞬間に気持ちが高ぶる。趣味の範囲だからそういえるのかもしれませんが。

並木 僕もね、準備している時間が昔はすごく好きで。釣りが趣味のころはそれが幸せでした。帰ってからも道具を一生懸命拭いたり洗ったりして。でも今は、準備がむしろ一番イヤで、非常にやることが多いでしょ。スポンサーから新製品が送られてくると、セッティングにも時間がかかる。それを使う喜びはあるけど、以前のように楽しんで準備する心境とは違います。

竹内 できるだけ現地に入るまでは手間を省きたいというのはありますね。私は今も、山の準備は好きですけど。

並木 僕が思うバスフィッシングの魅力は、やっぱりキャスティング。たとえ釣れなくても自分が投げたルアーが思い描いたところに入ったりすると嬉しいし、ボート操船もそうですけど、技術的なところでできなかったことができるようになるのがね。あとはちょっと将棋的な……。

竹内 ああ、読みの部分ですね。

並木 何手先も読んで、風がこう吹いてきたから一投目はここにしようとか。次の一投だけじゃなくて、10手先を考えて魚と知恵比べする面白さがたまらない。

竹内 フィッシングはやはりスポーツですよ。技術を磨いて、自分が狙ったところにキャストを入れる。しかも釣れたときの気持ちの高ぶりは得点が入ったときのスポーツの快楽に等しい。

並木 釣れたバスをリリースしたときの表情が、何とも言えず良かったね。

竹内 バスってなんだか付き合いの良い魚だって思うんです。ルアーがいくら良くできていたって、生きた餌を食べればいいのに。明らかにへんてこなものに食らい付いてきて。もしかしてこいつは逃がしてもらうことが分かって食ったのかな。すいぶん洒落のわかる魚だなって(笑)。

並木 良い表現だね。釣りも山も自然と接点があって、魚はそのご褒美なのかも。

竹内 我々はきっと、心の奥底で何かをつかまえようとしているんでしょうね。私は山の頂上をとらえようとしているわけですし、目指す頂上に何とか触れたいという思いがある。それこそが、人間を突き動かす好奇心の本性であるような気がします。

並木 まさに、僕も小学生のころは昆虫採集に夢中で。次の一歩として、道具を使って見えない魚を釣るという行為にはまった。日本じゃ飽きたらず、アメリカにまで釣りに行ったわけです。

竹内 今度はあそこで釣ってみたいというのが、山登りにおいては次はあの山に登りたいと思うこと。繰り返していくこと自体が我々を惹きつける。それは相手が自然だからこそ生まれる感情なのかもしれません。

並木 今日の景色も最高だよね。緑がきれいだし、富士山はよく見えるし。

竹内 天気が急変しないうちに、そろそろ釣りに戻りましょう。今日は日没までつきあっていただきますよ(笑)。

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Side Story

竹内が釣りの道具箱として使っているRIMOWAのケース。並木はみたことがない!と大変興味深く注目。このケースは化粧バッグとして販売されており、ふたを開けるとミラーが立ち上がる。日焼け止めを塗ったりするのにミラーも使えるので、竹内はそのまま使っているとのこと。

Photograph Timeline

7時36分、この日最初の当たりが竹内の竿に! 慎重かつ冷静に、バスとの駆け引きを楽しむ。

推定45cm強のビッグバスを見事釣り上げた竹内。 丁寧に助言をしていた並木もうれしそう。

再び態勢を整え、湖岸エリアを攻める。 「次はオレだな」と余裕の並木。

当日のバスコンディションを掴むため、 ポイント移動は欠かせない。

O.S.Pは並木がプロデュースする釣り道具ブランド。 アイテムが豊富に揃う。

湖面中央に移動し、再びキャスティング。 真夏のバスは動きが緩慢になりがちだ。

河口湖畔のおそば屋さんで昼食。 互いの印象についてじっくりと語り合った。

水温が上昇し釣りが難しくなる中、並木もバスをゲット! この日は仲良く1匹ずつを釣り上げた。

午後3時を回ったところで、釣り対談は終了。 だが意気投合した二人は、この後すぐにバス釣りの延長戦に繰り出していった。


取材・文:小堀隆司 / 撮影:廣田勇介 / 企画・プロデュース:嵯峨純子(ART OFFICE Prism Inc.)