バスフィッシングに
魅せられて

プロフェッショナルアングラー 並木 敏成 Toshinari Namikiプロフェッショナルアングラー 並木 敏成 Toshinari Namiki

釣っている時間より、
魚を待っている時間の方が
圧倒的に長い。

釣りとはそういうものだろう。さぞ性格は気長なのかと思いきや、そうではないらしい。
「僕はどちらかというと短気ですね。いや、かなり短気かもしれない(笑)。でも、短気って悪いことではないと思うんですよ」
バスフィッシング界では知らない者がいない、圧倒的な実力と知名度を誇る並木の発言だけに、その真意が気になる。
はたして、短気で得をすることがあるのだろうか。
「だって短気だと工夫するでしょ。なんとか釣ろうとして場所を変えたり、スタンスを変えたり。実際、(ブラック)バスってルアーを替えたときに釣れることがすごく多いんです」
釣り=趣味の道楽。そんな古い固定観念にとらわれていると、スポーツとしてのフィッシングは理解できないのかもしれない。

並木 敏成

一途に貫いた、釣りへの想い

一途に貫いた、釣りへの想い

一途に貫いた、釣りへの想い

並木が初めて釣りに興味を覚えたのは小学生のころだ。当時の人気漫画『釣りキチ三平』を読んだのが切っ掛けだった。
それまで虫取り遊びに興じていた少年は、道具を使って獲物を捕る——
その奥深さにはまったと話す。
「ハリ、重り、竿。虫を手でつかまえるよりはるかに複雑じゃないですか。さらに釣りは相手が見えないでしょ。水の中にいる魚の動きを想像するのが楽しくて……」

小学6年生になると、手作りでルアーを作るまでになった。さすがに中高の部活に釣り部はなかったが、高校の時はある理由からバトミントン部のドアを叩いている。
「ラケットを振る動作って、竿を振る動作にちょっと似てるよね。女子部員が多かったというのも理由の一つだけど(笑)」
できればもっと釣りをしたい。釣りの奥深さを極めたい。ずっと心の中でそう念じ続けていた青年にとって、大学の水産学部に籍を置く流れは必然だったに違いない。淡い期待を抱いていた釣りの授業こそなかったが、臨海実習などで魚への理解は深まる。なにより、釣り好きの友人と交わり、そこで手にした知識と経験は大きかった。

大学卒業後は、国内最大手の釣り具メーカーに就職。この時、すぐにプロの道に進まなかったのはどうしてなのだろう。
「当時はまだ、釣りだけで食べているひとっていなかったから。せいぜい釣り番組のキャスターですよね。でも、それもかなりの狭き門。選択肢になかったです」

しかし、その選択肢にはなかった選択を、並木は2年も経たないうちに決断することになる。
おそらくは人生で最大の分岐点——会社を辞めて、プロとしての自立を模索し始めたのは25歳の時だった。

バス釣りか、さもなくば死を

バス釣りか、さもなくば死を

退社に至った決断を、並木は「賭け」と表現する。国内の大会でたとえ優勝しても、賞金だけでは食べていけない。
成績を残し、スポンサーがつけばいいが、それでどれほどの収入が得られるかも未知数だった。自らの感情を最優先し、普段の生活を顧みないのは確かに賭けに等しい。
「とにかくその世界でナンバー1になりたかった。それに専念すれば、結果やお金は後からついてくるという考えですよね。そのころはまだ独身だったし、車で寝泊まりしていればそれほどお金はかからない。飢え死にしない程度に稼いで、その道を極めることを優先したんです」
”BASS OR DIE”とは、当時自らにつけたキャッチフレーズだが、何がなんでも夢を掴み取りたいという切羽詰まった心境が伝わってくる。

退社後の3年間で国内の大会を席巻し、年間チャンピオンにも輝いた並木は、さらなる野望をふくらませアメリカに渡る。
バスフィッシングをエンターテインメントにまで昇華させた本場だ。
高額の賞金、煌びやかなスポットライト、アメリカンドリームを追っていたころの話はとりわけ美しい。
まるでジャック・ケルアックの小説を聞いているかのようだ。
「向こうで安いキャンピングカーを買って、それでボートを引っ張りながら大会を転戦しました。5年間、生活の基盤を向こうに移してチャレンジしたけど、ほぼ車のハンドルを握っているか、ボートの上に立っているかのどちらかでしたね。車のエンジンが焼け付いて目的地にたどり着けず、しばらく修理工場の中で生活していたこともあります。食事は基本、ドライブスルーで。僕はマックよりもバーガーキング派でしたね(笑)」
地の利の不利がありながら、2シーズン目には早くもバスマスタークラシック(年間ランキングの上位者だけが出られる最高権威の大会)に出場。飛び抜けた才能の片鱗を示した。
今、自宅の隣にはボート専用のガレージがあり、そこにはキャンピングカーやアメ車、自前のボートなどが並んでいる。
賭けは成功した。釣りを思う存分楽しむという、少年のころからの夢も叶えた。だが、人生の物語にはまだ続きがあるようだ。
「バス釣りってほんと奥深いんですよ。たとえばアメリカで一番のアングラーが日本へ来ても、日本の繊細なフィッシングスタイルは絶対にこなせない。対応するには時間がかかるんです。毎年、新しいテクニックや新しいタイプのルアーが生み出されるし、すべてをこなせる釣り師になるのは至難の業。でも、僕はそれになりたいんですね」
漫画のヒーローはいくつになっても夢を失わない。真のアングラーが、そこにいた。

About PROTREK

「釣りに大事なのは気圧と水温。この2つの要素で魚の動きはつかめます。例えば気圧が下がり傾向にあると、魚は餌を活発に食べに来る。逆に上がり傾向だと日陰やきわ際にじっとしていることが多い。魚の行動を予測してルアーを選ぶと、釣果はきっと変わります。気圧計測機能を備えたプロトレックがあれば、岸釣りでも安心ですね」

PRW-6000

PROTREK開発者から見たアンバサダー Developer’s Note

並木さんは釣りに関する私のあこがれの存在です。
いま、そんな並木さんと開発しているのが、気圧と月と魚の関係。
これをどうにか機能の一つに落とし込めないかと。
気圧の変化や月の満ち欠けを時計が計測して、
魚が釣れるタイミングを知る。
そんな釣りに特化した機能も研究中なので、ぜひご期待下さい。

プロフェッショナルアングラー 並木 敏成 Toshinari Namiki

プロフェッショナルアングラー
並木 敏成
Toshinari Namiki

1966年神奈川県生まれ。1990~1994年、日本国内のプロトーナメントにおいて、数々のタイトルを獲得。1995年渡米し、B.A.S.S.での挑戦を開始。1996年、日本人初のB.A.S.S.バスマスターズクラシック出場を果たす。2000年、独自ブランドのルアーを制作するO.S.P,Inc.を設立。アメリカのプロトーナメント組織FLWでは幾度もの上位入賞を果たし、2005年第3戦で優勝、そして年間ランキング2位という実績を残す。2007年より、雑誌、TV、DVD、書籍、セミナーなど、バスフィッシングに関わる幅広い活動を展開。

並木敏成公式サイト 「This is T.NAMIKI」公開中 
t-namiki.net


取材・文:小堀隆司 / 撮影:廣田勇介 / 企画・プロデュース:嵯峨純子(ART OFFICE Prism Inc.)